かつて観光地にあるお土産屋さんには、必ず三角の旗がありました。そしてなぜか、誰もがそれを買って帰ったのです。たかが数百円の旗ですが、元をたどれば中世ヨーロッパの騎士、海軍、アメリカのスポーツ文化、そして高度経済成長の日本へとつながる、歴史ある代物です。この記事では、昭和の象徴とも言える、三角の旗の謎について、詳しく解説しています。
お土産屋でよく見た三角の旗とは?
昭和の時代、観光地のお土産といえば三角の旗でした。特に修学旅行生はみんな買っていました。最近は見ないけれど、あの三角の旗は一体何だったのか。知っているようで知らない、あの三角の旗の名前から、起源、似ているけど違う旗について、詳しく解説します。
三角の旗の名前は?
最近は見なくなりましたが、昭和の時代、観光地のお土産といえば、三角の旗でした。
この三角形の旗を「ペナント(Pennant)」と言います。
ペナントとは?
「ペナント(Pennant)」とは、小さな旗のことです。三角形のことが多いですが、長方形や台形、その他の形をしていることもあります。
「ペナント(Pennant)」は、「ペノン(Pennon)」と「ペンダント(Pendant)」が合わさってできた言葉と考えられています。
ペノンとは
「ペノン(Pennon)」とは、中性ヨーロッパで、騎士が槍の先につけていた、小さな旗のことです。形は、細長い三角形か、長方形をしていました。
ペノンには、自身の家系や、所属する軍隊の紋章が描かれていました。
これにより、誇りとアイデンティティを誇示するとともに、戦場での識別という意味もありました。
「Pennon」の語源は、ラテン語の「Penna」や「Pinna]に由来し、「羽」「翼」を意味します。これが古フランス語の「Penon」となり、英語の「Pennon」となりました。
ペンダントとは
「ペンダント(Pendant)」とは、「垂れ下がるもの」という意味で、一般的にはネックレスの一種として使われています。
一方、海軍では信号旗という意味で使われることがあります。細長い旗で、他の船や港に対して、所属や任務内容を伝えるために使われます。
ただし、必ずペンダントと呼ばれる訳ではなく、ペノンやペナントと混同しています。
ペナントとは
「ペナント(Pennant)」とは、船舶に掲げられる細長い旗のことです。現在においては、ペノンやペンダントとの明確な区別はありません。
二等辺三角形をしていることが多いですが、長方形、台形、二股に別れた型など、様々なタイプがあります。小さなものから、ものすごく細長いものまであります。
優勝旗としてのペナント
19世紀後半、アメリカで大学スポーツが盛んになると、リーグ戦が行われるようになりました。
そしてその優勝チームには、記念として優勝旗が贈られました。この旗は、海軍を真似て三角形をしており、ペナントと呼ばれました。
そして、そのリーグ戦のことも「ペナントレース」と呼ばれるようになりました。主にメージャーリーグベースボール(MLB)で使われる言葉ですが、他のスポーツにも広まっています。
そして日本にもアメリカの野球文化が伝わり、同じく「ペナントレース」と呼ばれれています。
いろいろなペナントまとめ
ペナントは様々な分野で使われています。代表的なものを以下にご紹介します。
紋章
元々は、中性ヨーロッパの貴族や軍隊が、旗に紋章を描いたのがペナントの始まりです。
船舶の信号旗
海軍が、船の上に細長い旗をつけて、信号旗として使用していました。
スポーツの優勝旗
アメリカのスポーツ界が、優勝旗を海軍にならって三角にしたことから、優勝旗のこと、または優勝することをペナントと呼ぶようになりました。
また、優勝をかけて試合をすることを、ペナントレースと言います。
スポーツチームのペナント
かつてヨーロッパの貴族が紋章を描いていたように、各スポーツチームが、チームのロゴを描いたペナントを作成しています。
学校のペナント
高校や大学が、学校の名前の入ったペナントを作成していることがあります。
しかしこれも、スポーツの応援と関連していることが多いです。
お土産としてのペナント
日本の観光地で、観光名所を描いたペナントが、お土産として大流行しました。
トレーディングチャート
株やFXなどのトレーディングチャートで、上昇と下降を繰り返しつつも、だんだんと幅が小さくなっていき、三角形が形成されるパターンを「ペナント」と言います。
ペナントと似ているけど違うもの
ペナントと間違えやすいけれども、実は違うものについてご紹介します。
バナー
ペナントとよく似たものに「バナー(Banner)」があります。
バナーは、「象徴」や「宣言」と言った意味で、貴族や王族の紋章が描かれた旗のことです。正方形が多いですが、横長や縦長の場合もあります。
バナーは戦場や宗教的な場で使われてきましたが、19世紀の産業革命以降、商業広告としても使われるようになりました。
インターネットが普及すると、ウェブサイト上のデジタル広告もバナーと呼ばれるようになりました。
タペストリー
「タペストリー(Tapestry)」は装飾用の織物のことです。
「Tapestry」の語源は、古フランス語の「Tapisserie」で、敷物を意味します。ですから元々は敷物だったのかもしれませんが、現在では一般的に、壁掛けのことを指します。
壁に飾るということで、ペナントと似ていますが、目的が異なります。
タペストリーは、美術・装飾品です。宗教や歴史をテーマとした描かれることが多いです。持ち運びができ、室内に飾ることもできるということが重宝されたようです。
一方ペナントは、紋章がテーマであるという点が異なります。
ガーランド
「ガーランド(Garland)」は、花・葉・布・紙などを、紐でつないで作った装飾品です。イベントや宗教的な儀式の飾り付けとして使われています。
また、キャンプ場で、カラフルな三角の旗が並んで飾られていることがあります。これは装飾目的と、遠くからでも目立つ目印という意味があります。
「Garland」の語源は、古フランス語の「Garlande」に由来し、「花輪」「冠」といった意味があります。
ペナントとガーランドは、英語圏でも混同して使われているようです。
タルチョ
ペナントからは話がズレますが、ガーランドによく似たものとして、「タルチョ(Darchong)」があります。
タルチョは、チベット文化にみられる「祈りの旗」です。青・白・赤・緑・黃の色が、それぞれ天・風・火・水・地を表しています。
伝統的に、チベットやヒマラヤの山岳地帯で使われていたことから、キャンプ文化に取り込まれたものと思われます。現在では、キャンプサイトの装飾やお守りとして使われています。
ペナン島
「ペナン島(ペナンとう)」は、マレーシアにある島です。
旗とは何の関係もありませんが、ペナン島は観光地としても人気で、お土産の話をしていると「ペナント」と間違えることがあります。
三角の旗がお土産になった理由
三角の旗ことペナントは、元々はヨーロッパの紋章を描いた旗でした。それがなぜ、日本の観光地でお土産になったのでしょうか。そこには、高度経済成長に揺れる、日本の姿がありました。
お土産ペナントはこうして生まれた!
かつてお土産屋さんに必ずあった三角の旗、つまりペナントは、神奈川県鎌倉市にあるタオル会社、間タオル(はざまタオル)が手掛けたヒット商品です。1956年(昭和31年)創業の老舗のタオルメーカーです。
その歴史を見てみましょう。
日本のプロ野球の設立
日本で最初に野球のペナントレースが始まったのは1936年(昭和11年)です。現在とは違い、1リーグ(日本職業野球連盟)しかありませんでした。
戦後まもなくの1949年(昭和24年)に、現在のセントラル・リーグとパシフィック・リーグに分裂し、日本野球機構(NPB)が誕生しました。
長嶋茂雄と優勝旗
1958年(昭和33年)、終戦から10年以上経った日本は、高度経済成長期に突入し、活気づきます。
そしてこの年、巨人に入団し、新人賞を獲得したのが長嶋茂雄です。
巨人ファンだった間タオルの創業者、間勇氏が、球場に足を運ぶと、あるものが目に入ります。それは、バックスクリーンにはためくペナントです。
ここで間勇氏に、観光地の絵柄をペナントにすれば売れるのではないか、というアイデアが閃きます。
戦後の復興と東京タワー
最初の絵柄として選んだのは、復興のシンボルであり、間もなく完工予定だった東京タワー。
そしてこれが大ヒットします。
1960年代に入ると、社会インフラの整備が急速に進み、国内旅行ブームが起きます。それに合わせて各地のペナントを作ると、次々に売れていきます。
こうして、全国のお土産屋さんにペナントが並ぶようになりました。
ペナントがこんなにヒットした理由として、当時はカメラが一般的ではなかったので、観光地の絵柄が描かれたペナントが、お土産として人気だったのではないか、と言われています。
また200円という低価格で販売していたので、学生でも購入することができ、修学旅行の定番のお土産ともなりました。
山岳ペナント
上記の観光地ペナントとは別に、登山記念のペナントや、山小屋・スキー場のペナントが存在しています。形が微妙に異なっているので、別の歴史を辿っていた可能性があります。
今はお土産としてのペナントは消えた?
間タオルは、日本で初めてお土産用のペナントを作った会社ですが、2012年の東京スカイツリーを最後に、現在は製作していないそうです。
全盛期には全国に多くのペナント製造会社がありましたが、現在はほとんど残っていません。
カメラの普及とともに、ペナントも消えていったとされています。また、お土産アイテムとしては、ご当地携帯電話ストラップが人気となり、それに押されたという面もあります。
現在は、新しいペナントはほぼ作成されていませんが、一方で昭和の思い出として、コレクターズアイテムともなっています。全国に幅広く存在し、値段も安いので、コレクションしやすいようです。
お土産の定番、三角の旗のまとめ
記事の内容をまとめます。
- お土産屋でよく見る三角の旗はペナントと言う
- ペナントの起源は、ペノンで、中性ヨーロッパの騎士がやりの先につけていた小さな旗
- ペナントは、海軍において、船に付ける信号旗としても使われた
- ペナントは、バナー・タペストリー・ガーランドとは起源や意味合いが異なる
- アメリカのスポーツ界が、リーグ戦の優勝旗としてペナントを作成した
- リーグ戦のこともペナントレースと言うようになった
- 日本の野球界にもペナントが伝わった
- 鎌倉市のタオル業者が、観光名所のペナントを作ることを思いつき、大ヒットした
- 最初のペナントの絵柄は東京タワー
- 現在は、お土産としてのペナントは、ほとんど製作されていない