かつてトゥールビヨンと言えば、超高級品でしたが、最近は数十万円のものも目にするようになりました。なぜこんなに安いのでしょうか。また、購入しても大丈夫なものでしょうか。この記事では、トゥールビヨンの概要と、どのようにしてトゥールビヨンの価格破壊が起きたのかについて、詳しく解説しています。
ポイント
- トゥールビヨンとは
- トゥールビヨンの歴史
- トゥールビヨンが安くなった理由
- 安価なトゥールビヨンを提供している時計メーカー
トゥールビヨンに高級品と安物がある理由
高級時計の代名詞とも言えるトゥールビヨンは、一時期は1,000万円以上するのが当たり前でしたが、近年では数万円から購入できるという、驚きの価格破壊が起きています。ここでは、トゥールビヨンとは何か、トゥールビヨンの歴史、安いトゥールビヨンが出てきた理由について解説します。
トゥールビヨンとは
「トゥールビヨン(Tourbillon)」とは、機械式時計の精度を高めるための、特別な機構のことです。ゼンマイにかかる重力の影響を軽減するために、機構全体を回転させることで、均一化させる仕組みです。
トゥールビヨンは、フランス語で「渦巻き」を意味します。
特徴的な球体の機構をしていますので、搭載しているモデルは、見ただけですぐに分かります。
「トゥールビヨン」は、永久カレンダーの「パーペチュアルカレンダー(Perpetual Calendar)」、鐘を鳴らして時刻を知らせる「ミニッツリピーター(Minute Repeater)」と並ぶ、時計の「三大複雑機構(Grandes Cmplications)」の一つと言われています。
この三大複雑機構の全てにについて、天才時計職人と言われた「アブラアム=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)」が関わっています。ブレゲが全てを発明した訳ではありませんが、実用レベルまでの改良に、多大な貢献をしています。
トゥールビヨンは、機械式時計の象徴であり、花形とされています。
トゥールビヨンの歴史
トゥールビヨンの歴史と、その変化についてご説明します。
19世紀
トゥールビヨンは、1795年頃に、スイス生まれでフランス在住の時計職人アブラアム=ルイ・ブレゲによって発明されたと言われています。
当時は懐中時計が主流であり、垂直方向にかかる重力の影響を軽減することが課題でした。ブレゲは回転することで、分散・均一化させることを思いつきます。しかし、実際に形にするには数年かかったようです。
1801年に、ブレゲはトゥールビヨンに関する特許を取得します。
ブレゲや弟子たちは、トゥールビヨンの設計を洗練させましたが、実際に制作された数は少なく、とても高価であったとされています。
ブレゲが生きているうちに作られたトゥールビヨンは、わずか35個でした。その多くは、王族・貴族によって所持されました。
20世紀
第一次世界大戦(1914~1918年)を機に、懐中時計に代わり、腕時計が普及します。
腕時計は、常に方向が変わるため、重力の影響が一方向に集中しません。そのため、トゥールビヨンの利点がありません。
1930~40年代に、リップ、オメガ、パテック・フィリップなどが、トゥールビヨンを搭載した腕時計を発表しますが、大型になる上に、精度が悪く、壊れやすいということで、廃れていきました。
1970年代
1969年に、セイコーがクォーツ式腕時計を発売すると、実用性という意味では、機械式時計はまったく意味がなくなりました。
そのため、多くの機械式時計メーカーが倒産しました。
1980年代
1980年代に入ると、機械式時計メーカーは、実用性ではなくロマンとして、機械式時計の魅力をアピールします。
1983年にブレゲ社は、究極の技術美として、トゥールビヨンモデルを発売します。トゥールビヨンに実用性はなく、観賞用であるというのは、文字盤がシースルーになっていて、中の機構が見えるようになっていることからも明白です。
トゥールビヨンは、機械式時計復活の、象徴となりました。
1990年代
1990年代には、高級機械式時計がブームとなり、トゥールビヨンは、その最高ステータスとなりました。
トゥールビヨンを制作できる時計職人は、世界に数人しかいないと言われ、その値段は1,000万円以上する、とても高価なものとなりました。
しかし実用性は皆無で、拍手をすると壊れると言われたほどです。完全に観賞用のものでした。
2000年代
2000年代に入ると、製造技術の向上や、材料科学の進歩により、トゥールビヨンのような複雑な機構も、大量生産が可能となります。
そのため、大幅なコストダウンが実現され、数百万円、数十万円、さらには数万円レベルの安価なトゥールビヨン搭載時計が販売されるようになりました。
一方、技術が向上することで、より複雑な機構を搭載することも可能となりました。例えば、トゥールビヨンと、自動巻き機構やカレンダー機構を組み合わせるなどです。
また、精度や実用性も向上し、単なる観賞用ではなく、日常使いができるようにもなりました。
現在のトゥールビヨンは、超高価格帯と低価格帯の、二極化が進んでいます。
高級なはずのトゥールビヨンが、なぜ安いのか
1980~90年代には、1,000万円以上することが当たり前だったトゥールビヨンが、なぜ最近は安価な製品もでているのかをご説明します。
新素材の開発
トゥールビヨンが「普及しなかった」理由の一つは、重さです。
機械式時計はゼンマイを動力とするため、大きな力(トルク)を出すことができません。そのため、キャリッジと呼ばれるパーツ全体を回転させるトゥールビヨンは、開発当初から無茶な設計だったと言えます。
アブラアム=ルイ・ブレゲの時代は、真鍮や銅といった、加工しやすいが重い素材が使われていました。
20世紀に入ると、インバーなどの合金が使われるようになります。
現在では、チタン、カーボン、シリコンなど、軽量で強度があり、耐磁性もあるような素材が使われています。
これにより、全体で1グラム以下という、超軽量を実現できるようになりました。
デジタル・機械化
機械式時計の細かな部品は、元々は職人が、一つずつ手作りしていました。
現在は、CADで3D設計図を書き、3Dプリントやレーザー技術により、立体的な部品を自動生産することができます。
これにより、部品の大量生産が可能となりました。
組み立ても自動化
トゥールビヨンが高価な理由の一つは、組み立てが大変ということです。
時計メーカーにより違いはありますが、約1cmサイズのトゥールビヨンは、50~200個近いパーツからできています。これを職人が、一つ一つ手作業で組み立てていくのです。熟練の職人でも10時間以上かかる、超精密な作業です。
一方、機械式時計の組み立て作業も、機械化・自動化が進んでいます。トゥールビヨンのような複雑な機構も、ここ数年で、かなりの部分を自動化できるようになりました。
これにより、大幅なコストダウンが実現できました。
サプライチェーンの発達
世界的な流通コストの低下により、より安い場所で作ることができるようになりました。
例えば、スイスでデザインし、日本で部品制作し、中国で組み立てる、ということが可能となっています。
これにより、安くて高品質な製品を、大量に生産することができるようになりました。
まとめ
かつては世界で数人しか作ることができないと言われたトゥールビヨンですが、機械化・自動化が実現されたことにより、誰でも作ることができるようになったため、安価なトゥールビヨンが販売されるようになりました。
ただの安物とは言わせない!低価格トゥールビヨンの代表的メーカー
トゥールビヨンを搭載しつつも、ただ安いだけではなく、しっかりとしたブランドイメージや、高品質な時計を提供している代表的なメーカーをご紹介します。
タグホイヤー
「タグホイヤー(TAG Heuer)」は、スイスの高級時計メーカーです。1860年に設立された、歴史あるブランドです。また、現在はLVMHグループに所属しています。
そんな高級ブランドであるタグホイヤーが、2016年に発表した「カレラホイヤー02T トゥールビヨン CAR5A8Y.FC6377」は、トゥールビヨンを搭載しながら、100万円台という価格で、業界を震撼させました。
しかもただのトゥールビヨンではありません。「フライングトゥールビヨン」と呼ばれる、固定箇所が1つのみで、ブリッジがなく、浮いているように見える機構です。さらに、時計の精度基準を満たしているというクロノメーター認定も取得しています。
本来であれば数千万円してもおかしくない時計が、100万円台……
いったいなぜ、タグホイヤーのトゥールビヨンは、このような低価格を実現できたのでしょうか。
タグホイヤーのトゥールビヨンはなぜ安い?
まず、タグホイヤーというブランドは、一般的に高級時計に分類されますが、その中でもエントリー・低価格帯を維持しています。ブランドのコンセプトは、「手の届くラグジュアリー」です。
創業から160年という長い歴史があり、優秀な職人を抱えていながらも、自社工場の生産ラインの構築を進めてきました。機械化できることは機械化し、大切なところは手作業を残すという方針で、高品質を維持しながらも、低価格を実現することができました。
しかし、高級ブランドであるタグホイヤーが、これをやったということには、別の意味があります。それは、「そもそもトゥールビヨンは、そんなに高いものではない」ということです。
本来、機能性・実用性という面から言えば、機械式時計は消えていく運命です。それを、スイスの時計メーカーが協力して、ロマンとしての機械式時計というイメージを作り上げました。そのロマンや、ブランドイメージとしての価値が、数百万円、数千万円となっています。
そこに登場したのが、中国メーカーです。「いや、こんなの数十万円でできますけど」とやってしまったのです。高級ブランドが作り上げてきた幻想が、打ち破られてしまいました。
タグホイヤーは、歴史ある高級ブランドでありながら、エントリーモデルを提供しているという特殊な立ち位置から、トゥールビヨンのロマンを維持しつつ、より現実的な価格という、絶妙な製品を投入できた、と言えます。
タグホイヤーのブランドイメージと、モデル別の年齢層
タグ・ホイヤーは、高級時計の登竜門として知られ、最初の1本はタグ・ホイヤーを買っておけば間違いないと言われています。そんなタグ・ホイヤーはどんな年齢層に支持されているのか、ブランドイメージと、モーター ...
シーガル
「シーガル(Seagull)」は、1955年に中国で設立された時計メーカーです。正式名称は「天津海鸥表业集团有限公司」です。
中国で最大の機械式時計メーカーであり、中国で最初にトゥールビヨンを生産した会社でもあります。
自社ブランドの時計だけでなく、ムーブメントを全世界に供給しています。
いわゆる「中華トゥールビヨン」と言った場合、ほとんどの場合はシーガル製のムーブメントが搭載されています。
トゥールビヨンの価格破壊を引き起こした会社と言えるでしょう。
自社ブランドの場合、30万~100万円近くとなっています。
シーガルのムーブメントを搭載した他社ブランドの場合、安いものだと数万円から出回っています。
ストゥーリング
「ストゥーリング(Stührling)」は、アメリカのニューヨークに本拠地を置く時計ブランドです。1999年に設立された新しい企業で、伝統的なデザインの中に、モダンな要素を大胆に取り入れていることが特徴です。
トゥールビヨンを搭載したモデルも販売しており、日本円で20万~30万円ほどと、比較的低価格な値段となっています。
中国製のムーブメントを使用することで、低価格を実現しているとされています。
メモリジン
「メモリジン(Memorigin)」は、2011年に設立された、香港に拠点を置く時計ブランドです。トゥールビヨンを専門にするという珍しい立ち位置です。また香港らしく、東洋と西洋の融合をブランドコンセプトとしています。
日本円で、50万円ほどの価格帯となっています。
アジアだから安かろう悪かろうということはなく、確固たる品質とアフターサポートで、信頼できる時計メーカーとして、世界的な評価を確立しつつあります。
ヴァルドホフ
「ヴァルドホフ(WALDHOFF)」は、1995年にドイツで設立された時計メーカーです。スイスとドイツの時計技術の融合を目指していました。
トゥールビヨン搭載モデルは、日本円で30万円ほどとなっています。
中国製のムーブメントを使用しつつも、ドイツで厳格な生産管理をすることで品質を担保するという、「メイドインジャーマニー」がアピールポイントでした。
しかし2022年以降は、コスト高によりドイツからは撤退し、アジアとスイスの連携という方向を目指しているようです。
ゼロ
「ゼロ(ZEROO)」は、2017年に日本で設立された時計ブランドです。
トゥールビヨンを得意としており、エッジの効いたアバンギャルドなデザインが特徴です。
日本円で、30万~50万円ほどの価格帯です。
レンビーノ
「レンビーノ(LENVINO)」は、2017年に香港で設立された時計ブランドです。
アメリカのクラウドファンディングによって資金を集め、大成功しました。
トゥールビヨンを搭載しながら、ミニマルなデザインが特徴です。
日本円で、約10万円という、驚きの価格を実現しています。
ムーブメントは自社開発ではなく、シーガル社のTY800系を使用しています。
まとめ 安物のトゥールビヨンがあるのはなぜ?
記事の内容をまとめます。
- トゥールビヨンは、1800年頃の開発された、垂直方向にかかる重力の影響を分散させるため、機構全体を回転させる仕組み
- 懐中時計の時代にはトゥールビヨンに実用的な意味はあったが、腕時計には意味がなかったので廃れた
- クォーツ式時計が登場した1980年以降、機械式時計のロマンのシンボルとしてトゥールビヨンが復活した
- 1980~1990年代は、職人が一つずつ手作業で制作していたため、数百万円から数千万円した
- 2000年代以降は機械化が進み、数十万円のものが一般的となった
- 安価なトゥールビヨン搭載モデルの多くは、中国製のムーブメントを搭載している
- トゥールビヨンは、ロマンとしての超高価格帯と、低価格帯の二極化が進んでいる
- 安価なトゥールビヨンを提供している代表的なメーカーとして、タグホイヤー、シーガル、ストゥーリング、メモリジン、ヴァルドホフ、ゼロ、レンビーノがある